グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ

グラン・ヴァカンスの衝撃

私はAlter Egoというゲームをやっている。「やっている」と言っても、ドグラ・マグラ以外クリアし、すでに百日のログインを終え、惰性とエスへの罪悪感で続けているだけだ。


しかし、そのゲーム内で紹介された『グラン・ヴァカンス』という小説に興味を持って、いや、前に彼女に薦められた本を読んでいなかったのに「読んだ」を選択した罪悪感によって、図書館に赴いた。

『グラン・ヴァカンス』

とにかく凄かった。殆んど半日で読み終えてしまった。「どこまでも美しく、儚く、残酷な夢」のような光景だった。そう、それは確かに「光景」だった。私は文字を追いながら、その光景を見ていたのだ。

描写

小説家の中には、これが巧い人がいる。伊坂幸太郎氏などはその筆頭だろう。グラン・ヴァカンスの著者もまた、圧倒的にこれが巧かった。読み進める度に、新しい世界が見えてくる。そんな感覚だった。*1

ゲストの暴虐、ランゴーニの苛虐*2

グラン・ヴァカンスは、高所得者が日頃の鬱憤を晴らすために用意されたリゾートだ。AIはゲストに恐怖し、また依存している。作中のエピソードは凄まじい。思わず目を覆いたくなる。嗅覚を捨てたくなる。匂いは描写しにくいが、圧倒的なリアリティを持った虐待は、匂いさえ感じられる気がする。


ランゴーニの殺し方は、些か非効率的であるように思えた。西の区域を〈蜘蛛〉に襲わせたのは、苦痛の「質」を高めるためだろうから、それは効率的だった。後半、やっと理解できた。ネットを罠として使うには、強烈で鮮明な「苦痛」が必要だった。だから彼らは、AIたちを敢えて苦しむように捕縛したのだ。

「癒し」としてのジョゼとジュリー

AIたちは、ゲストの加害に耐える必要があった。「接待」の苦痛でアイデンティティーが崩壊したら、夏の区界は成立しないからだ。AIたちはゲストの虐待をジョゼに話し、性的な癒しをジュリーに求めた。しかし、ジョゼとジュリーの苦痛を癒し、和らげる者は、誰も居なかった。

「いつか、一緒に死のう。」

ジョゼとジュリーが交わした約束だ。手先が不器用なジュリーが不恰好な「鯨」を、ジョゼの弟と、そしていつかの彼と彼女の墓としてつくった時、二人が誓ったのだ。二人の苦痛を、二人で終わらせよう、と。

「君を殺してあげる。」

ジュールがジュリーに言った言葉だ。彼が彼女の「父」のロールを借り、スウシーの頭部を抱えてキスをした時、彼が彼女に捧げた覚悟だ。そして少年はついに、ゲストではなく「ジュール」として、その言葉をジュリーに放った。

ジュールは新たな旅へ

彼は小舟に乗り、他の区界へと漕ぎ出した。「鳴き砂」、そして「硝子体」を運んで来る波に逆らって。彼はジュリーに誓った言葉を、どうやって果たすのだろうか…

以上が大まかな内容

本当に大まかだけれど、これが粗筋だ。ゲストがヴァカンスを「満喫」する様子や、ランゴーニの残虐なやり方には不思議な質感と迫力があるので、是非読んでみて欲しい。たぶん図書館にあると思う。

どこまでも残酷で、どうしようもなく美しい

大事なことなので二回言いました。行われている行為は本当に残酷だ。しかし、ただ血生臭く残酷なのではなく、どこか美しい。血みどろの生肉が乳白色のヴェールで被われているような感じ。

感想

やたら長いが、その長さを感じないほどに興味深い物語だった。儚く、切ない要素もある。一つ一つのキャラクタが夏の区界で果たしている【役割】を知ると「AIだなぁ…」と思うが、AIたちの感情描写が細かいため、思わず「人間?」と首を傾げる。そんな不思議な話。

*1:私は伊坂幸太郎氏の著作、「火星に住むつもりかい?」を読んだ時にも、同じ感覚を憶えた。一本の映画を観ているようだった。あっという間に時間は過ぎ、400,または501ページを一気に読み終えた。

*2:以下、ネタバレ注意