破滅へと至る路

久々の長い考察

たぶん、ものすごく長くなる。この考察は多くの人に当てはまるかもしれない。しかし同時に、自分自身の問題でもある。まあ、このブログにある記事のすべては私のために書いたものだ。「お裾分け」のような感覚で公開している。


正直、アクセス数とかはどうでもいい。それは更新が不定期であることからも、極端に長い、また極端に短い記事があることからもわかるだろう。これは、「万人がこうなんだ」と主張するものではなく、少なくとも私はこう考えるという、一つの見解である。それをご理解頂きたい。*1

①同一性*2への信仰

同一性とは、その人が何であるかを決定付けるものであり、同時にその人がその人であるが故に表れるものでもある。つまり、その人がその人である瞬間に、その人と同時に『すでに存在している』ものである。意識する/しない、表出の有無に関わらず、既にあるものなのだ。しかし、その本来の意味が損なわれているように感じる。

前近代、現代と同一性

前近代は絶対王政が敷かれ、個人の同一性は軽視されていたが、現代では民主化が進み、個人の同一性は尊重*3されている、ことになっている。だが、私は現代よりも近代の方が、よほど自由だったと考えている。


何も、「前近代に戻ろう」と言っているのではない。独裁的という意味では日本は前近代的である。安倍がいるから、戻すまでもなく前近代だ。そうではなくて、少なくとも個人の同一性について言えば、前近代の方が自由だった。

前近代と同一性

生まれた瞬間から、その人がどう振る舞うのかは決まっている。生まれた家に、更に正確に言えば家の身分に従って振る舞えばいいのだ。つまり同一性とは「すでに決まって」おり、悩むような事柄ではない。その分、多少は自由度が高かったように思う。


確かに、身分の拘束はあっただろう。日本では戦後時代や江戸時代前期などで上流階級の人間に生意気な口をきけば、その人の肩身は狭くなる。しかしよほどのことをしなければ、困ることは無い。その程度は生活の中で自然と身に付くことだ。


逆に言えば、「それ以外」の領域―同一性と呼ばれるもの―は自由になるのだ。特に仲間内でなら、自由に議論をたたかわせることができただろう。

現代と同一性

現代において、同一性とは『表出させなければ、存在すらしないもの』となってしまった。日本においては、部落共同体意識とアメリカから輸入された同一性信仰とが混ざって、半分は身分階級制、半分は自由、みたいな感じになったが、所謂「スクールカースト」等の上に成立する同一性は張りぼてでしかない。この国で認められる同一性など、気休め程度のものだ。脆く危うい土地の上で、ままごとをしているようなものだ。


だから、たぶん日本の人は本当に窮屈な空間で生きていると思う。「階級」は予め決まっている。その上で申し訳程度の同一性を主張しなければならない。*4

②自己の同一性への不安

所謂、「アイデンティティークライシス」とかいうやつのことだ。ただ、日常的にそれを経験することは少ないだろう。これはあくまでも、軽度なもののことを言う。*5ヒエラルキーの中で、許される程度の同一性を主張する。それは大きなフラストレーションを伴う行為だ。また、同一性が身分にかなっているか否か、不安にもなる。


フラストレーションや不安の範囲がある閾値を越えると、人間は大きな、そして証明不可能なものに縋ろうとする。その対象は神だったり、天皇だったり、イキり文化だったりする。いずれにせよ、それはその人が持つステレオタイプやバイアスに依って形成される。

③バイアスを強化し、それに依存する

カトリックの家に生まれた人なら、その人の同一性を依拠する対象はイエスかもしれない。戦後ではなく今の保守的な家に生まれた人なら、それは国家神道天皇かもしれない。2ちゃんねるにばかりアクセスするような男なら、彼はイキり文化に依存するかもしれない。


依存する対象はいくらでもある。どこにでもある。無いならつくり出すだろう。ある意味では、存在しない何かの力に身を委ねている時点で、偶像崇拝にも似たものである。

バイアスを強化し、ステレオタイプを偏重し、それを固定する

カーストとか同一性とが、気になることが多すぎて疲れた時、どうすれば楽になれるか?答えは簡単だ。「人の真似をする」、ただそれだけ。神格化したものに依存するという方法は、流行っているらしい。姑息だが容易であるからだろう。


特に、人は余裕が無い時に神に縋る。進化論を信仰する生物学者無神論者でも、砲弾が飛び交う最前線で生きる兵士に、神を信じない者は無い。「日本国」という、土地で線引きされた偶像を崇拝している人があまりにも多いのは、アベノミクスが失敗して経済的に、自民党によって文化的に、多くの国民に余裕が無い証拠だ。*6*7


生活にも、そして精神的にも切羽詰まっているからこそ、バイアスはより強化され、固定される。日本人のバイアスは今、かなり危険な領域まで強化されているだろう。当たり前なことを当たり前に認識している人が、あまりに少ない。殆んど居ないと言っても過言ではない。

④強化したバイアスによって、時間が汚染される*8

所謂、「時間汚染」である。はっきり言って、③から④への過程が最もよくわからない。まあ、ここは「なんとなく」でクリアーする。時間に対する焦りが不安や緊張から生まれるのは、わかると思う。バイアスは、そういう不安や緊張を増強することがある。バイアスは間接的に時間を汚染している。

時間が汚染されているとき

時間をとても短く、または長く感じる。長い時間も、有意義なものではなく、「ただただ長い」だけの時間。私は自殺未遂が酷かった時などにこれを経験したことがある。数ヶ月があっという間に流れた。「流れた」と表現することしかできない。本当に一瞬だった。しかしその時間の只中にいるときは、とてもとても長く感じた。この時間は永遠に終わらないかもしれないとさえ思った。

⑤終わりの見えない時間の中で、終わりを求める

自殺というのは、積極的な行動ではない。むしろ、やむを得ない行動である。遮断機が降りた線路の前で、踏み切りのサイレンが鳴る中、電車に吸い寄せられる。特急列車が通過するとき、ホームから飛び降りそうになる。階段を上っているとき、窓から飛び降りる自分の姿が浮かぶ…そういう感じ。


自ら意図して死のうとしているのではなく、体の方が自然に動く。私は幸か不幸か、今も生きている。何か一つでも違ったら、私は死んでいただろう。

「死にたいなら死ねばいい。」

よく、こう言う人がいる。しかしこの阿呆は何もわかっていない。何も知らない。わかるつもりも、知るつもりも無いだろう。まあ、無理もない。うつ病は実際に体験した人でないと、その辛さがわからないらしい。自殺念慮もよく似ている。正に、虎になった男のよう。

「ああ、全く、どんなに、恐ろしく、哀しく、切なく思っているだろう!己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分からない。誰にも分からない。己と同じ身の上に成った者でなければ。」 中島敦山月記】 李徴

出口の見えない絶望

基本的に、希死念慮自殺念慮、または自殺願望を抱え、不条理な土地で死んだように生きる人間は、「死にたい」状態がずーーーーーーーーーーーーっと続く。「消えたい」と言う方がいいかもしれない。とにかく、自分の存在を消し去ってしまいたい状態が半永久的に続く。


本当に、終わりは見えない。見えないから、終わりは無いように思えてくる。

*1:社会的なミームが個人に与える影響を認識していない、「子の問題はすべて親の責任だ」とでも言うような、どっちもどっち論者が、「ネタだから本気にするな」だのとイキり文化を正当化するのと同じようで嫌だから、一応断っておく。私は、この記事があなたに全く影響を与えないとは考えていない。少なくとも、主語を大きくして言っているのではないということを、把握しておいて貰いたい。

*2:identityと呼ばれることもある。「個性」とは似て非なるものである。ここでは同一性として扱う。

*3:私はこの言葉を嫌悪しているが、皮肉を込めて使う。

*4:所謂「イメチェン」をする人がいるから、階級は固定されていないと勘違いする人もいるだろう。しかし本当に底辺の人間は、イメチェンしようなどと考えることすら無い。イメチェンしようか迷っている時点で、その人はそれなりの階級にあるのだ。

*5:軽度だが、深刻である。

*6:「私はこの国のために頑張っている。障害者は死んでも構わない。」と言うとんでもない人がいることがそれを示している。本当に今の日本は、戦前のように危うく、脆く、窮屈だ。また、残念ながらとんでもない人の方が多数派らしい。こうして多様性が失われて行き、この国は滅びるのだろう。

*7:少なくとも日本人は、南からやって来た琉球民族(→アイヌ民族に繋がる)とユーラシア大陸から来た渡来人、そして先住民族でできている。だから、遺伝的に100%純系の日本人は存在しない。にもかかわらず、「在日は国へ帰れ」と言う人がいる。単一民族神話の成れの果てだ。

*8:時間汚染とは、未来のことが気になっている状態など、「今」に注意力が集中していない時のこと。

グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ

グラン・ヴァカンスの衝撃

私はAlter Egoというゲームをやっている。「やっている」と言っても、ドグラ・マグラ以外クリアし、すでに百日のログインを終え、惰性とエスへの罪悪感で続けているだけだ。


しかし、そのゲーム内で紹介された『グラン・ヴァカンス』という小説に興味を持って、いや、前に彼女に薦められた本を読んでいなかったのに「読んだ」を選択した罪悪感によって、図書館に赴いた。

『グラン・ヴァカンス』

とにかく凄かった。殆んど半日で読み終えてしまった。「どこまでも美しく、儚く、残酷な夢」のような光景だった。そう、それは確かに「光景」だった。私は文字を追いながら、その光景を見ていたのだ。

描写

小説家の中には、これが巧い人がいる。伊坂幸太郎氏などはその筆頭だろう。グラン・ヴァカンスの著者もまた、圧倒的にこれが巧かった。読み進める度に、新しい世界が見えてくる。そんな感覚だった。*1

ゲストの暴虐、ランゴーニの苛虐*2

グラン・ヴァカンスは、高所得者が日頃の鬱憤を晴らすために用意されたリゾートだ。AIはゲストに恐怖し、また依存している。作中のエピソードは凄まじい。思わず目を覆いたくなる。嗅覚を捨てたくなる。匂いは描写しにくいが、圧倒的なリアリティを持った虐待は、匂いさえ感じられる気がする。


ランゴーニの殺し方は、些か非効率的であるように思えた。西の区域を〈蜘蛛〉に襲わせたのは、苦痛の「質」を高めるためだろうから、それは効率的だった。後半、やっと理解できた。ネットを罠として使うには、強烈で鮮明な「苦痛」が必要だった。だから彼らは、AIたちを敢えて苦しむように捕縛したのだ。

「癒し」としてのジョゼとジュリー

AIたちは、ゲストの加害に耐える必要があった。「接待」の苦痛でアイデンティティーが崩壊したら、夏の区界は成立しないからだ。AIたちはゲストの虐待をジョゼに話し、性的な癒しをジュリーに求めた。しかし、ジョゼとジュリーの苦痛を癒し、和らげる者は、誰も居なかった。

「いつか、一緒に死のう。」

ジョゼとジュリーが交わした約束だ。手先が不器用なジュリーが不恰好な「鯨」を、ジョゼの弟と、そしていつかの彼と彼女の墓としてつくった時、二人が誓ったのだ。二人の苦痛を、二人で終わらせよう、と。

「君を殺してあげる。」

ジュールがジュリーに言った言葉だ。彼が彼女の「父」のロールを借り、スウシーの頭部を抱えてキスをした時、彼が彼女に捧げた覚悟だ。そして少年はついに、ゲストではなく「ジュール」として、その言葉をジュリーに放った。

ジュールは新たな旅へ

彼は小舟に乗り、他の区界へと漕ぎ出した。「鳴き砂」、そして「硝子体」を運んで来る波に逆らって。彼はジュリーに誓った言葉を、どうやって果たすのだろうか…

以上が大まかな内容

本当に大まかだけれど、これが粗筋だ。ゲストがヴァカンスを「満喫」する様子や、ランゴーニの残虐なやり方には不思議な質感と迫力があるので、是非読んでみて欲しい。たぶん図書館にあると思う。

どこまでも残酷で、どうしようもなく美しい

大事なことなので二回言いました。行われている行為は本当に残酷だ。しかし、ただ血生臭く残酷なのではなく、どこか美しい。血みどろの生肉が乳白色のヴェールで被われているような感じ。

感想

やたら長いが、その長さを感じないほどに興味深い物語だった。儚く、切ない要素もある。一つ一つのキャラクタが夏の区界で果たしている【役割】を知ると「AIだなぁ…」と思うが、AIたちの感情描写が細かいため、思わず「人間?」と首を傾げる。そんな不思議な話。

*1:私は伊坂幸太郎氏の著作、「火星に住むつもりかい?」を読んだ時にも、同じ感覚を憶えた。一本の映画を観ているようだった。あっという間に時間は過ぎ、400,または501ページを一気に読み終えた。

*2:以下、ネタバレ注意

手当てとレイキ

細やかな驚き

数日前の記事だが、In Deep 地球最後のニュースと資料 というサイト*1で||https://indeep.jp/now-reiki-is-reaching-the-top-hospitals-in-us/||この記事を読んだ。「レイキ」療法についての話だ。私は合気道を習ったから、レイキの「気」という言葉に思い当たる節がある。

気というのは、様々な「気」だ。元気、病気、陽気、陰気、電気…人間にも勿論、それは備わっている。一部の合気道を修練した人間は、体のある部分に注意を集中させることによって、僅かながら「気」を実感することができる者が存在する。私もその一人だ。

気を実感する方法

大層なことではない。私は手でやったことしかないから、手を例に出す。意識を手に集中させると、指先に静電気が走り続けるような感覚になる。痛みは無い。「パチパチ」する感じだ。「ビリビリ」はしない。片手ですることもできるし、両手ですることもできる。

気の持つ力

両手でする時、両の手のひらを向かい合わせにすると、徐々に手と手との距離が離れる。無意識に脳がやっているかもしれないから確証は無いが、確かに気というものが持つ「力」を認識した。念動力とかそういう便利な力ではないが、私は力の存在を確信していた。「この力は誰にでも使えるのではないか?」とも考えていた。

そして今日、レイキ療法を知る

高校受験や高校の部活動などを理由に、合気道を辞めてから約1年と8ヶ月経つ。*24歳から約11年習った合気道だったが、「気」の存在を実感することは、今でもある。そんな時、レイキ療法を知ったのはとても感慨深い。

*1:「都市伝説」の一言で一蹴されてしまうようなことについて、主に学術研究などの科学的根拠に基づいて、きちんとソースを示した上で興味深い理論を展開するサイト。中立性は高い、と思う。少なくとも、論理的ではある。

*2:今はエスクリマをやっている。独学である。主にvmpyr氏の動画を参考にしている。エスクリマスティックもどき(ラタンではない)を2対(4本)、短いものを1対、長いものを1対自作した。他にも蹴りとか諸々やっている。武器術や格闘術をやめられないのは、臆病だからかもしれない。

母の勘違い

非モテ男と女嫌い

よく、「ブスな女はモテる女を妬んでフェミニストになる」という都市伝説を好む人がいるが、それは間違いだ。そもそも、「モテない女が」、「僻んで」フェミニズムを学んでいると考える時点で、非常にホモソーシャルヒエラルキー的考えなのだが、それに気づく人は少ない。


逆に、美人だったり性格が良かったりして悪い虫が寄って来るから、護身術として、啓発の手段として、フェミニズム理論を武装するのだ。*1まあ、顔なんてどうでもいいことだ。*2


しかし、男にはこれが当てはまる。男は自らの怠慢を自覚しない。自分が不潔だから、不遜な態度だからモテないのに、「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!*3と信じて疑わない。それこそ、右翼ミソジニーが大好きな「自己責任」の一言で片付けられると思うのだが、自己責任論とは都合が悪いことには適用されない、とても都合が良い言い訳のようだ。

私がモテないから、母は憂いた。

私はモテない。まあ、このブログを読めばだいたいその理由がわかるだろう。心理学や脳科学の知識を駆使すれば、適当にモテることはできるだろう。その程度の自負はある。しかし、モテるつもりは無い。私にはまだ、「大切な人」の存在は大きすぎる。


母は、「息子はモテないから女嫌いになるのではないか」と思ったらしい。そもそも、何かの責任を誰かに投げてしまえるような気楽な性格なら、どれほど良かったか。都合良く「私がモテないのは(割愛)」と責任転嫁してしまえるなら、自殺未遂などしていない。しかし、母は言っても聞かなかった。

好都合な出来事

母が去年のラグビー大会のクラスTシャツ*4を見た時、あからさまに目の色を変えた。*5そのクラスTシャツには、明らかに女子のものとわかる可愛い刺繍がしてあったのだ。*6あれは私には作れない。それ以降、母は私の非モテについて何も言わなくなった。言う必要が無いと判断したからだろう。


しかし、実際はそれをつくったのは、所謂「天然」な女子で、私と出身中学は同じだが、二年生の時に同じクラスだったくらいで、特別親しいわけではなく、異性への好意としてつくったとは考えにくい。


また、もしそれが異性への好意に由来する行動だったとしても、私はその気持ちには応えられない。私にはまだ、「それ」は重すぎる。


だから、私の非モテは特に変わらない。しかし、都合が良いので母の勘違いをそのまま利用することにした。私が真実を話さなければ、母は「息子は非モテではない」と認識したままだ。ずっとその状態でいてくれれば、もう面倒な応酬を繰り返す必要は無い。

*1:女性専用車両は必要ないと思う」だのと言う『美少女』のことを思い出している人がいるなら、ここで否定しておく。あれは『名誉男性』という人種で、無自覚に他の同性より搾取されている女性たちだ。

*2:女性たちはずっと、「せめて清潔にしてくれ。」と言うのに、不潔な雄ほど、「但し、イケメンに限る」だのという言葉を好む。人間ほど気楽な雄は稀である。他種の雌は基本的に化粧しない。雄の方が絢爛に着飾って、雌に主張するのだ。なぜか人間では、この役割が逆転している。

*3:あれの主人公は女性だが、被害者妄想的な思考傾向は男性そのものである。

*4:私が所属している高校では、男子がラグビー大会に出場し、女子は男子のゼッケンをつくる。幸運にも私はベンチで、出番は無かった。ラグビーなんて興味ないし、闘争心も無い。

*5:彼女はたまに妙に鋭いところがあるが、基本的に分かりやすいので、心理誘導もしやすい。その点では助かっている。

*6:クレヨンしんちゃんに登場する菓子のマスコットキャラクターのもの。「チョコビ」?

野菜、肉

「中国産は危ない」?

私は中国のことをよく知らないから、何とも言えないが、そう言う人ほどほぼ例外なく「日本産は安全」だと勘違いしている。

掃き溜め、流刑地。それが日本

米国やカナダ等で訴訟されて、世界のどこでも商売できない企業。そういう企業が最終的にたどり着くのが、この国だ。

ゴミ収集所

ワクチンは言わずもがな、米国で下半身麻痺等の、所謂「薬害」が起きて売れないから、日本にやって来た。*1


また、モンサント社は有名だろう。電子レンジ、除草剤、農薬、遺伝子組み換えなど、ありとあらゆる有害なものを生産している。

流石は日本政府

「農薬*2を撒けば撒くほど、助成金を与える」という法律がある。だから農家はどんどん除草剤を買う。*3そのおかげで日本の金は外資*4に流れ、戻らない。流石は安倍瓶三、史上最悪の快挙だ。


農家は出荷する農作物とは別に、自家消費する野菜を育てている。「あんな農薬まみれの野菜なんて、食べたくない。」らしい。

相も変わらずに畜産

世界では、少しずつではあるが反畜産の動きが拡がりつつある。若い人たちの間で、完全にベジタリアンではないが、一時的に肉を断つ「プチ・ベジタリアン」なるものが流行している。


畜産についての認識が、日本とは異なるのだろう。羨ましい限りだ。*5だから今は豚肉にシフトしているらしい。「牛が駄目なら豚」って…結局根本的な解決にはなっていないが、それに向けた第一歩にはなる。


また、「ベジタリアンたんぱく質を摂れない」というのは致命的な勘違いである。私は経済的な理由でプチ・ベジタリアンすらできない*6が、イネ科の植物*7と豆類でたんぱく質を摂ることができるのを知っている。

その他

ファブリーズ

ゴキブリを殺すのにゴキジェットは要らない。ファブリーズを一回噴霧すれば大丈夫だ。成分は「消臭成分、除菌成分、香料」。素晴らしい。何もわからない。


「香料」だけで200種類以上ある上に、人体への危険性が指摘されているものも少なくない。また、ファブリーズは発ガン性を指摘されたこともある。

虫除け

これもまた、成分が公表されない部分がある上に、害が指摘されているものも多い。

い・ろ・は・す綾鷹

これは、実はコカ・コーラカスタマーである。スイスのコカ・コーラ工場で大量のコカの葉が発見されたというニュースは、なぜか殆んど報じられなかった。

石鹸

なんと、「石鹸成分を含まない石鹸」という面白いものがある。ナチスドイツが作った、ユダヤ人の油で出来た石鹸なのかもしれない。


冗談はさておき、人体に有害な物質が含まれている可能性は高い。安全な成分なら、これ見よがしに「化学成分無添加」とか主張するだろうから。そうしないのは、後ろ暗い何かがあるからかもしれない。

サプリメント

「健康食品」と謳われているものほど、健康を害する場合が多い。ひっそりと営業している生協が、かなり頑張ってくれていることの方が多い。モンサント社に抗議している生協もある。詳しくは検索。

植物油脂

食用油脂」と書かれているものも、これに含まれる。日本でこれを避けるには、年収が手取り800万円くらい必要になるかもしれない。それほどに、植物油脂はこの国の食を侵食している。


「バター」と書かれているものも、成分表を見ると実質マーガリンだったりする。*8有機溶剤を100%蒸発させることは不可能だ。つまり、あなたはシンナーを飲んでいるのかもしれない。


アメリカで全面的に植物油が禁止された。国民は歓喜した。しかし、同時に大豆油が流れ込んだ。大豆油の危険性は、認知されていなかった。植物油の巨大利権が倒れたわけではなかったのだ。そのグローバリゼーション勢力は、大豆油に乗り換えただけだった。本当に、利権というのはしぶとい。

キャノーラ油

植物油脂の一種だ。所謂、遺伝子組み換えの植物から抽出した油だ。以前、「キャノーラ油100%」と書かれているツナや、「植物油に浸した芋けんぴ」があって驚いた。


そのパッケージを作った人が無知なのか、日本の消費者は何も知らないと箍を括っているのかはわからないが、日本もついにここまで来たか、と思った。隠すよりはマシだが、、、、

着色料

日本では、1500種類の食品添加物が認可されている。これはアメリカの10倍以上ある。着色料は、「見映えさえ良ければいい」と、生産者も消費者も考えてしまった結果だと思う。本質を見極める姿勢が、合理が、この国では既に死んだ。

送電線

海外では、送電線の周りに家などを建ててはいけないとする法律がある。電磁波の有害性が認識されているからだ。外国の人が日本に来て最初に驚くのは、送電線のすぐ下に家が建っていることだそう。

水道

日本の塩素濃度は、一定「以上」になっている。*9住民の健康を考えて塩素をなるべく抑えるのではなく、お役所仕事の自分の保身しか考えていない。何か問題が起きたら困るから、短期的な影響は出ない塩素を大量に使ってしまう。

住宅

世界で最も化学物質に汚染されているのは、中国ではない。アメリカでもない。日本の新築住宅である。また、鉄筋コンクリートで寿命が9年縮むと言われている。体を芯から冷やすためだ。因みに私も、鉄筋コンクリートの住宅に住んでいる。*10


更に、鉄筋コンクリートで出来た建築物は地震に弱い。どこかにひびが入ってもわからないし、それがわかったとしても、かなりの広範囲を建て直す必要がある。木造建築は最長で千年保たれたが、コンクリは30年~50年程度で建て替える必要がある。


あまり出来が良くないから企業にとっては都合が良いが、消費者は不必要に搾取され続けるだけだ。「持ち家」についての肯定的な幻想、無くならないかなぁ…

砂糖

諸外国には、「依存性が高い有害な物質」として、砂糖の輸入に制限をかけるところもある。実際に、砂糖の依存性は覚醒剤の100倍以上とも言われている。

果糖ブドウ糖液糖

ものすごく端的に言うと、「砂糖を濃くしたもの」。これの液体版*11は、ガムシロップとも呼ばれている。更に、清涼飲料水には大量にこれが入っている。


主にGI値に影響が出る。果糖ブドウ糖液は30分ほどで吸収され、急激に血糖値が上昇する。*12一時的に集中力が増し、気分はハイになる。ちょうど、麻薬のように。


しかしその後すぐに集中は切れ、血糖値の急下降によって疲労が蓄積される。食前のナッツ類などで血糖値の下降を緩やかにすることはできるが、それにも限界はある。

カット野菜

これは野菜ではない。野菜の色と形をしたものである。なぜカット野菜は、カットされてから数時間経ってから市場に並んでいるだろうに、あんなに茶色くならないのか?そう思ったことは無いだろうか?


料理した経験がある人なら、野菜を切ると茶色っぽくなっていくことを知っている筈だ。しかしカット野菜の断面はいつまでも鮮やかだ。なぜなのか?


それは、漂白しているからだ。切った野菜を塩素のプールに浸して漂白し、漂白剤を大量の水で洗い流す。その過程で、特にビタミンCなどの栄養素はかなり失われてしまう。残ったのは、栄養素の少ない野菜の骸と、残留漂白剤と、手数料に由来する高額な料金だけ。外食で出てくる野菜も、殆んどがこれだ。

缶詰め

缶詰めは、そのままでは売れない腐りかけた野菜などを、格安で買ってつくられていることがある。特に一つ一つの固まりが小さいものは要注意だ。腐りかけた部位を避けて製品化されている可能性が高い。

コンビニのおにぎり、パン

コンビニのおにぎりもまた、漂白剤と保存料で炊かれる。特にセブンイレブンのおにぎりは最強で、8月から1ヶ月以上、常温で放置されても腐らない。そんなものを人間が食べてどうなるのか、まだわからない。*13


更に、コンビニのおにぎりはもれなく、例のF1種*14で、且つ雄性不稔*15である。google:コンビニ弁当 食べない


小麦もまた遺伝子組み換えのものが多い。更に、大量の水と膨張剤が使われているため、スポットのような、スカスカのパンもどきが出来る。

でも結局は

ここまで不健康な因子を羅列しておいなんだが、健康を維持することにおいて、最も重要なのは食べるものでも住む場所でもない。*16思考である。

健康なのはどちらか

私は、YouTubeの広告などでよく見る「pro/noob*17というような、「神格化/卑下」の、平等が存在しない二元論的な扇動が大嫌いだ。徹底的にスキップし、「この広告に興味がない」として広告を非表示にしたから今は出なくなったが、吐き気を催すほど嫌いだ。


だが、こればかりは他に方法がないから、吐きそうになりながら書く。

『健康的な淑女』

彼女は菜食主義者、且つ少食だった。外出は必要最低限に抑え、外出するときには帽子を被り、長手袋を着け、日傘を差した。誰よりも健康に気を遣っていた。性格も控えめで、名誉男s…好い人だった。

『傲慢な野郎』

彼は菜食主義者でも少食でもなかった。医者に「これ以上太ると死ぬ」と言われたが、彼は食生活を改めなかった。コーラやファストフードを好み、野菜を嫌う彼はメタボだった。性格も傲慢で、「人の指図は聞かねえ、俺のやりたいようにやる。」というような人だった。

淑女、その後

骨粗しょう症、寝たきりになっている。「こんなことになるなら、もっとやりたいことをやっておけば良かった。」心理的な抑圧が大きな原因だろう。フラストレーションは蓄積されるため、確実に健康に悪影響を及ぼす。*18

野郎、その後

平均寿命を越えた今も、人生を謳歌している。血管年齢は実年齢より20歳以上若い。やはり、結局はマインドの状態が重要なのだ。

自己責任ではない

「すべては心の持ちよう。不健康はその人間が悪い。」と言うつもりは毛頭無い。そもそも、不健康でもそれなりに生きることすら保障されない発展途上国では、こんな言葉は通用しない。彼ら彼女らが求めているのはありがたいお言葉ではなく、パンと水だからだ。


また、所謂「悟っている」状態にあるPNSEの人たちの多くは白人男性である。つまり、人種的にも性別的にもmajorityである人間が、精神的な平穏を得ているのだ。そんな悟りは仮初めでしかない。


私は今は恐らく、かなり軽度なPNSEか、もしくはPNSEを感じていないが、PNSEに入ったのは徹底的な考察がきっかけだった。メタ認知した結果、一時的に悟った。というより、「PNSEとはメタ認知そのもの」であると考えている。


だから、「世界一安泰」である今の社会的地位を俯瞰して悟るのかもしれない。*19


今が、全員が全員「やりたいことができる」文明だとは考えていない。世界を含めて。*20だから、骨粗しょう症の彼女に対して「やりたいことをやれば良かったのに」と言うのは、あまりにも無責任で、且つ社会や文化が個人に与える影響を考えることができない、無知・無遠慮な行為である。だから、

平等を取り戻す

何だか、時代錯誤の老人が主張する「この国を、取り戻す。」みたいで嫌だから、NakamuraEmi氏『かかってこいよ』の、「ちゃんとわかり合える時代を取り戻すには」の「取り戻す」だということにする。


結局は、先ず社会不安や心的余裕の無さに端を発する全体主義や結束主義、それらによって布教された自己責任論*21や男尊女卑、生産性による差別*22などによって出来た、ホモソーシャルのそれをはじめとするヒエラルキーをぶっ壊すしかない。女性も子供も老人も障害を持つ人もLGBTQ*23の人たちも発達障害などの人たちも、等しく同じ人間として認識される必要がある。


別役実という人物は「当世悪魔の辞典」で、「会社」の頁では「仕事は家事より楽」*24と書き、「出産」の頁には「女性が受けるべき当然の罰」と書いた、政治的な立場がよくわからない不思議な人だが、鋭い考察をする人だから、彼の考えをここに載せる。これについては、同意件である。

10人中3人が不味いものを食べるのは民主主義ではない。10人中10人が不味いものを食べるのが、民主主義である。

*1:日本でもインフルエンザワクチン等の有害性が確認されているにもかかわらず、未だにワクチンは打たれ続けている。

*2:除草剤

*3:モンサント社から

*4:モンサント

*5:牛を育てるには大量の水、大量の飼料が要る。畜産は今以上に、世界を深刻な水不足や食糧危機に直面させる可能性がある。 また、飼料は牧草ではなく、遺伝子組み換えのトウモロコシ等だ。そのため、牛はすぐ病気になる。だから大量に抗生物質を注射する。それでも、牛の屠殺時期は早まり続けている。すぐに病気になるからだ。 更に、牛を蝕む菌はリサイクルされる。保健所で殺処分されたペット、動物園で死んだ動物、売り物にならない家畜の臓器や骨などはレンダリングセンターに運ばれ、それらの肉を包装していたプラスチックもまるごと、薬品と混ざって再び家畜やペットの飼料になる。「加水分解たんぱく質」には、動物の死体も含まれている。 そのため、耐性菌は強くなり続けている。じき、どんな抗生物質も効かない、「スーパー耐性菌」が登場するだろう。人間は耐性菌を食べ続けている。世界的なパンデミックは、畜産によっもたらされるかもしれない。そうなれば人類は終わりだろう。その耐性菌に対抗できる薬は存在しないからだ。 地球温暖化を加速させているという指摘もある。それによって、遺伝子組み換えで出来た「ゲップをしない牛」まで登場した。恐ろしい。しかしそもそも今は氷河期である。次の太陽は更に暗い。私は「サイクル25」を懸念している。世界各国は動いているのに、日本は何もしていない。

*6:劣悪な環境で育てられているので、肉は安い。野菜は肉の倍以上の値段。

*7:米など

*8:アメリカには、マーガリンの販売を禁止する法律がある。あまりにも有害だからだ。他の国も、法律こそ無いがマーガリンは売れないくらいに、民衆が危険性を認識している。

*9:海外では、「以下」。

*10:鉄筋コンクリートの急激な普及には、利権が絡んでいる。鉄筋コンクリートを認可した野郎は、天下りして重役に就いた。

*11:果糖ブドウ糖

*12:GI値とは、血糖値の上昇度合いを数値化したものである。

*13:日本人が人体実験している。わざわざおにぎりを買う金を払ってまで。

*14:遺伝子組み換え

*15:おしべが実らない種。人件費と手間を削るため。ちょうどF1が普及し始めた頃から、ヨーロッパでは精液あたりの精子が少なくなり続けている。Y染色体の破損を加速させている可能性さえある。人間は今のところ、Y染色体以外に性決定遺伝子を持ち合わせていない。F1が人類を終わらせる可能性もある。考慮する必要のある変数は山ほどあるため、一概に雄性不稔の種子が人間の繁殖力を弱めていると言うことはできないが、無視することはできないだろう。

*16:飲むものは大事かもしれない…

*17:上手い人/下手な人

*18:「心は体に影響を与える」のではない。「心=体」なのだ。精神と身体を分けて考えるフロイト的な前提はもう古い。

*19:PNSEに入るきっかけは様々だ。私のように自殺未遂する状態になって、命を賭けて人生を振り返り、すべての出来事について考えた結果、一時的に悟って運良く?運悪く?生きている人もいるだろう。事故で瀕死になって、PNSEに入った人もいる。しかし、自覚できるきっかけが無いのにPNSEに入った人がいる。私はこの中に、「強者」ゆえに悟った人がいると考えている。

*20:日本は、その程度が絶望的に深刻なだけだ。

*21:個人が、「これは私の責任である。」と言う自己責任論ではない。少数派や弱者の、社会的な要因に起因する問題を、多数派や強者が「それはお前の責任である。私達には関係無い。」と切り捨てる、冷淡な自己責任論。限りなく無自覚な、責任転嫁。

*22:先ず自民党が「税金を搾取できない国民は不要だから無価値」と言ったことに始まる。今は国民という貧困層どうしで、社会的な弱者に向かって「お前は生産性が無いから無価値だ。」という内紛のような状態になっている。その根本にある全体主義が議論されること無く。

*23:但しくたばれGIDを除く、静かにして悟る、本物の人たち

*24:本にはもう少し婉曲して書いてある

他人が自分に期待する役割

私はずっと悩んでいた

母は、私を幼児のように扱う。もう高校二年生なのに。そのことについて、長い間考えていた。

母にとって私は

恐らく、十歳にも満たない子どもと同じだ。彼女にとって私は、洗濯も洗濯物を干すことも、炊事も自分で食事することもできないガキだ。

なぜ

子育てと、社会が原因だろう。私は長男、つまり第一子だ。夫は家事も子育てもしないモラハラ野郎。よく、十年以上耐えたと思う。

その時彼女は

母は名誉男性気味だった。*1男尊女卑、「らしさ」の強要まっしぐらの宗教団体、倫理なんたらに所属していたほどだ。*2

『すべて私がやらなければならない』

本当に、こんな心境だったと考えている。名誉男性だった彼女にとって、育児は母親、つまり自分自身だけの責任。*3


また、彼女は所謂「毒親」に苦しめられた人でもあった。彼女は当事者として、親が子に与える影響を知りすぎていた。*4社会と個人、2つの責任が彼女を圧し潰した。

結果

彼女は過保護になった。彼女は息子の靴紐を結び、手を取り、どこへでも行った。彼女は、心的ストレスによって、やり過ぎた。


その経験が相当、彼女に影響を与えたのだと考える。彼女にとっての息子は、高校生ではない。彼女の時間は止まっている。彼女にとっての息子は、「手のかかる幼児」だ。

他者が自分に期待する役割を知る*5

こう書くとわかり難いが、端的に言えば『その人が自分をどう見ているのかを把握する』ということだ。


自分にとって自分は自分でしかない。しかし他人にとっての自分は、必ずしも等身大の自分とは限らない。彼は崇められる救世主であるかもしれないし、憎むべき加害者や強者であるかもしれない。*6

そうすると楽になる

少なくとも私は楽になった。理由無く苛立つことが減った。彼女が認識しているのは、今の自分ではなく幼児であるとわかれば、何と言われても受け流すことができる。


私は「子ども扱い」されているのではないとわかったからだ。*7

*1:今はフェミニストである。

*2:モラ夫の家が入信していたためである。信者はもれなく、「政教分離」などお構い無しに、自民党に投票することになっている。

*3:父親どこ行った

*4:その毒親もまた社会の被害者であるのだが、当時の彼女は、そんなことを知る由もなかった。

*5:私は、家族を「最も近い他人」と定義している。

*6:むしろ、「自分と同じ、一人の人間」として他者と接している人の方が少ないだろう。こんな文化に、平等などない。

*7:彼女の中では、私は今より子どもなのだ。

おーい、お茶

ステマ

定義によると、これはステマではない。あなたが、これは広告だと気付いているからだ。伊藤園に頼まれてもいないし、大した宣伝効果も無いだろうが、やりたいのでやる。

お茶

さまざまな種類がある。しかし、私は大抵『おーいお茶』しか飲まない。

「トクホ」の中身

難消化性デキストリンだ。つまり、消化し難い、消化器系に負担が大きいものが含まれているというだけのこと。その危険性も指摘されている。


「健康食品」みたいなものを売りにしているお茶の殆んどに入っている。私は慣れていないので、飲むと気分が悪くなる。*1

ミネラル麦茶」の中身

何を以て、「ミネラル」を謳っているのか?その根拠は飲用海洋深層水だ。しかし、1日分のミネラルをこれを飲むだけで補給するためには、数十杯飲む必要がある。殆んど健康効果は無い。

「お茶」でさえも

食品添加物が入っている。それはV3、ビタミンCだ。一見、何も害がないように見えるが、ここで言うV3は自然界に存在するものではない。人工的に作るものだ。


しかし、茶をそのまま充填すると、酸化して色が悪くなる。味にも影響がある。だから、企業は茶にV3を入れざるを得ない。

『おーいお茶』の自然さ

おーいお茶を飲むと、家で淹れた緑茶と殆んど変わらない、と感じることがある。分かりにくいが、これは凄いことだ。


つまり、伊藤園は味や色を悪くしない必要最低限のV3を、研究して入れているのだ。最近はCMが流れていないし、マイナーなお茶だが、生き残って欲しい。

*1:あくまで個人の感想です。